2017年10月1日日曜日

「マラガの熱い風」

 スペイン、アンダルシア地方の主要な港町、マラガで、第21回世界移植者スポーツ大会は開催された。50か国から1500人の参加者が集まり、2017年6月25日から一週間続く、スポーツの祭典が繰り広げられたのだ。

 各国の様子を紹介しよう。大会発祥の地であるイギリスは、100人以上の大所帯だった。中でも水泳チームは、スイミングスクールがまるごとやってきたみたいに試合前練習をしていた。参加人数最大のこの国はメダル数での国別成績でも、一位であった。アメリカは、自国で行われるUSトランスプラントゲームに毎年2000人近く参加するだけあって、イギリスに告ぐ参加者数であった。メダル獲得も2位だった。その他の有力国としては、南アフリカ、ドイツ、オーストラリア、スペインなどが上位を占めた。ヨーロッパの国々の選手数が多いのは地理的に理解できるが、選手団の大きさは、やはり各国の移植医療の受け入れや支援の違いを表しているようにも思えた。他の参加国の選手で、印象に残ったことも沢山ある。イラン女性は、常にヒジャブという布で頭を覆って参加していた。バドミントンで負けた女性が床に伏して泣き崩れ、男性コーチに慰められる姿は、ムスリムの女性は隠されるべき存在のように想像していた僕の考えを、大きく覆すものであった。タイも大きな選手団で来ており、ペタングという金属球を的の近くに投げる競技で、男子女子とも圧倒的な強さを見せていた。お隣の韓国とは、この世界大会を通じてバドミントン選手、具体的には市川奈々枝さんと倉田雄介さんが、韓国での親善試合に出場し、継続的な交流が生まれていた。それゆえ、我らがななえちゃんと倉田くんのバドミントンの試合を彼らが応援してくれるばかりか、個人戦優勝の韓国チーム代表ファンさんはコーチまでしてくれていた。彼らは本大会でも、それぞれ銀と銅のメダルを獲得した。香港からも多くの選手の参加があり、理学療法士まで連れてきていた。

 出場選手は、個人では5種目まで競技にエントリーでき、主に10歳刻みのカテゴリー分けがあり、10代以下ではもっと細かく分かれている競技もあるので、上位を狙うためには、出場選手が少なそうな種目を選ぶという手もある。一方では、出場選手数によっては、男子、女子で分けるだけ、ミックスダブルスはみんな一緒、なんて競技もあった。でも現実には、10代以下や60代以上で世界大会に出場するということ自体が、メダリストに値すると、僕は強く感じている。そんなおおらかな気持ちに便乗しているのか、今大会はカテゴリー分けや、選手登録などで、改善すべき点がいくらかあったように感じた。

 我らがジャパンチームは、心臓移植者4名、肝臓移植者1名、腎移植者6名とサポーターのご家族5名、吉川医師とマネージャー兼チームドクターの僕を入れて、19人での構成であった。特筆すべきは、60代で水泳5種目に参加した、腎移植後4年の若松力さんの、MVP級の成績だ。5種目すべて金メダルで、うち4種目は世界大会記録を塗り替えるという、過去の日本人が達成したことのない輝かしい成績をあげた。そして、帰国後、国民栄誉賞に勝るとも劣らない、墨田区スポーツ栄誉賞を授与されたのだ。心臓移植後2年で参加した15歳の堀井敬太くんは、水泳で銅メダルを獲得して、愛知県半田市長との会談をNHKが取材してくれたし、沖縄からの参加の仲里さんは、ボール遠投で、銀メダルを獲得し、飛行機で那覇に降りたつや、沖縄新聞等が取材に押しかけてきた。サポートの奥さんは、この大会参加のために初めてパスポートを取得したのだそうだ。最年少7歳の心臓移植者、菊地咲帆ちゃん(写真)は、金銀のメダルを持ち帰り、広島のテレビ局に迎えられていた。大会での活躍は自分のためだけでなくて、移植医療に関わる多くの人に好影響を与えてくれていた。キャプテンの戸塚さんは、今回も肉離れするほどの激しい走りで100m走の予選を通過したし、腰痛を押して卓球に出場した下野理事長は、ダーツでは見事、東欧の強敵を破って銅メダルとなった。落さんは、万国旗のネイルアートで決めた奥様の後押しがあり、下野さんと並んでダーツ銅メダルであった。そして応援のみで参加の腎臓移植者杉山さんは、ベテランの貫禄と、持ち前の明るさでチームの雰囲気を盛り上げてくれていた。

 大会を通じて、あらゆることが鮮烈かつ忘れがたいことであった中で、ひときわ、咲帆ちゃんの純真な心に感じて発せられる言葉の中に、誰しもを沈黙させる大粒の真珠があった。大会終盤のころ、お母さんに、「私、移植者でよかった」と言ってくれたのだ。このことは、スペインから帰国の途に着き、ドバイの空港で最後のミーティングのときに、咲帆ちゃんのお母さんが語ってくれた。過ごしてきた7年には、言葉で語りつくせない沢山のものが、すべての移植者と同様にあるのだけれど、チームのみんなはそれぞれの感性で、この真珠を胸に大事にしまって家路についたのであった。僕の感性からの言葉は、「お母さん、お父さんありがとうございます」です。そして、大会の無事と成功はチームのみんなのおかげです。今も感謝しています。



丸井祐二  

World Transplant Game 2017 JAPAN Team manager & Team doctor

2017年7月31日月曜日

大会最終日(7月1日)

大会最終日、陸上競技バドミントンミックスダブルスが行われました。

陸上競技は菊地 咲帆ちゃんが走り幅跳びとクリケットボールスローに参加して、2種目ともに銀メダルを獲得しました。

3人は同じageクラス




バドミントン ミックスダブルスに参加した倉田 雄介、市川 奈々枝組は健闘しましたが、メダルを獲得することが出来ませんでした。










陸上競技場では競技終了後にクロージングセレモニーが行われ、マラガから2年後の開催地NEWCASTLE GATESHEADUK)に大会旗が引き継がれました。






21時からTrade Fairs and Congress Centerにてガラディナーが行われました。各国の選手と交流、そして2年後の再開を誓い合い。日本チームは早々にホテルに戻り、翌朝のフライトに備えました。






73日午後18時頃、日本チームは成田国際空港、関西国際空港に無事帰国しました。

           http://worldtransplantgames.org/

陸上競技とバドミントンでメダル獲得(6月30日)

大会6日目、陸上競技とバドミントンが行われます。
陸上競技では仲里 則男さんが、クリケットボールスロー、菊地 咲帆さんが50m、戸塚 仁さんが100mに出場します。
強い陽射しの中で行われたクリケットボールスロー、仲里さんは180cmを超える選手を物ともせず、見事銀メダルを獲得しました。
力強い投球フォーム

50mに参加した菊地 咲帆さん、頑張りました。銅メダル獲得です。


戸塚 仁さんは100m予選2組で4位、タイムレース8位でファイナルに進みましたが、脚の痙攣により最下位となりました。



バドミントンでは倉田 雄介さん、市川 奈々枝さんが共にシングルスに参加します。
前回銅メダリストの倉田さんは決勝リーグへ進出します。銅メダル以上を狙い健闘しましたが、前回大会と同じく銅メダル獲得となりました。




ジャンピングスマッシュ!


前回大会の銀メダリストの市川さんは、順調に勝ち上がり決勝へ。
決勝では前回大会と優勝のMaryam選手(イラン)と対戦。善戦しましたが、惜しくも準優勝、銀メダル獲得となりました。


取材を受ける市川さん

連日の金メダル、年代別世界記録更新(6月29日)

629日、大会も後半となる5日目。
日本チームは昨日に続いて水泳でメダルラッシュとなりました。
若松力さんが50m自由形、400m自由形で金メダルを獲得し、2種目共に年代別世界新記録を達成しました。また、15歳の堀井敬太さんが50m自由形で銅メダルを獲得!
日本チームのエースと若き英雄が表彰台で日の丸を掲げてくれました。
金メダル獲得へ声援を送る日本チーム

連日のメダル獲得の若松さんと銅メダルの堀井さん

テニスには戸塚仁さんが出場。実力者の出場に期待が集まりましたが、ポルトガルの選手相手に惜敗しました。


応援の皆さんと一緒に撮影


水泳で金メダル&年代別世界記録更新 (6月28日)

大会4日目、水泳では若松 力さんが100m、200m自由形、バタフライ50mで金メダルを獲得しました。100m自由形、200m自由形は年代別世界新記録という素晴らしい力泳でした。
3つの金メダルを獲得した若松さん


ご家族も応援
卓球シングルスには下野 浩さんが参加しました。Age60-69 GROUP 2はドイツ、スペイン、香港、韓国、日本の5選手で争われましたが、残念ながら予選敗退となりました。

審判は選手が持ち回りで対応していました


力強いフォアハンド

テンピンボウリング男子ダブルスには仲里 則男さん、落 貫男さんが参加致しましたが、メダルには届きませんでした。

19時からは、Cultural EveningAutomobile and Fashion Museumで行われました。日本選手は浴衣で参加し、各国選手と交流しました。






メダルラッシュ (6月27日)

大会3日目、日本チームはメダルラッシュに沸きました。

まず、ボーリング6-8歳の部で菊地咲帆ちゃんが金メダル!
日本チーム初のメダルはチーム最年少の7歳の小さなヒロインによってもたらされました。

日本チーム、今大会初の金メダル

続いてダーツで下野浩さんと落貫夫さんが銅メダルを獲得。ダーツは3位決定戦がないトーナメント戦で、チーム最年長の下野さんと、チーム2番目の年長の落さんがメダルを獲る快挙を成し遂げました。
銅メダリストの2人と応援団

ボーリングは、仲里則男さん、市川奈々枝さん、堀井敬太さんが参戦。前回金メダリストの市川奈々枝さん、実力者の仲里則男さんに期待がかかりましたが、残念ながらメダルには手が届きませんでした。
各国選手と親交を温める仲里さん(左) 堀井さんの投球フォーム(右)


また、ペタンク競技では、戸塚仁さんと渡邉源喜さんが参戦。
試合開始前にエントリーリストに名前がない事が分かり、丸井チームマネージャーとの電話交渉により、なんとか棄権したチームのあるグループに組み込まれた。
ペタンク(ダブルス)はコート上のサークルからビュットに金属製(約800g)のボールを1人3投げて、相手よりビュットに近づけることで得点を競うスポーツです。
相手より赤いビュットに近づければ得点
初戦はタイA(タイチームは4チームで1〜3位を独占)に1点も取れずにコールド負け(12点先取)。次戦もタイでしたが序盤リードするもコールド負け。3戦目は炎天下の中、ペタンク発祥の地フランスチームと時間切れになるまでプレーする健闘しました。



後日、タイの選手から3年練習しなさいとアドバイスを頂きました。

1930分よりDonor Recognition Walkが、マラガ ウェリン公園から海岸線の遊歩道を往復するコースで行われ、日本チームからも5名が参加し、世界の移植者と共に臓器提供への理解を求めました。
20時前なのにとても強い日差し

香港チームと交流する渡邉さん